書きたいことがないのではなく、決めきれないだけだった話

書きたいことがないのではなく、決めきれないだけだった話

書きたい気持ちはあるのに、手が止まる

ブログを書こうとして、エディタを開いたまま何も書けずに閉じる。
そんなことを何度も繰り返していた。

「今日は何を書こう?」
そう考えた瞬間、頭の中に候補はいくつも浮かぶ。
でも、次の問いがすぐに出てくる。

  • これって書く価値ある?
  • 今書くべき?
  • もっといいテーマがあるんじゃない?

気づくと、「書きたいことがない」状態になっている

でも最近、少し違う気がしてきた。

本当に足りないのは、ネタじゃなかった

冷静に考えると、ネタはある。
日常で考えていることも、迷っていることも、記録したいこともある。

それなのに書けない。

理由を「ネタ不足」にしていたけれど、
実際には 決めきれなかっただけ だった。

  • どれを選ぶか
  • 今これでいいのか
  • 公開して後悔しないか

選択肢が多すぎて、判断ができなくなっていた。

これは怠けでも、才能不足でもない。
ただ 判断コストが高くなりすぎていただけ だった。

決められないとき、人は「書かない」を選ぶ

行動経済学では、選択肢が増えるほど人は行動できなくなることが知られている。
決めること自体が、エネルギーを消耗するからだ。

ブログを書くとき、私たちは無意識にこんな判断を一度にしている。

  • テーマは適切か
  • 構成はどうするか
  • 読まれるか
  • 後で恥ずかしくならないか

これだけの判断を一気に求められたら、
脳は一番楽な選択をする。

何もしない、という選択を。

だから書けない日は、
「やる気がない」のではなく
「決める負荷に負けただけ」だったりする。

書けない自分を責めると、もっと書けなくなる

厄介なのはここからだ。

書けなかった日が続くと、
「また今日も書けなかった」という感情が残る。

その感情が次の日の判断をさらに重くする。

  • ちゃんとしたものを書かないと
  • 前より良いものを
  • 無駄な記事は増やしたくない

こうして、書く前のハードルだけが上がっていく

でも、そもそもブログは
「正解を出す場所」ではなかったはずだ。

決めきれない日は、決め方を減らす

この状況を抜けるために、私がやめたことがある。

それは
「良いテーマを選ぼうとすること」

代わりに、こう決めた。

今日のテーマは、
「今いちばん決めきれないこと」

これなら、選択肢は1つしかない。
しかも、すでに頭の中にある。

構成も考えない。
役に立つかも考えない。

ただ、
「なぜ決めきれないのか」だけを書く。

今日できる、小さな一歩

もし今、
「何を書いていいかわからない」
と感じているなら、こうしてみてほしい。

  • 今日いちばん迷っていることを1つ書き出す
  • それについて、理由を説明しようとしない
  • ただ「決めきれない状態」をそのまま書く

それは立派な記事ネタになる。

少なくとも、
書けなかった自分を説明する記事 にはなる。

書きながら、決まっていく

不思議なことに、
書き始めると、だんだん決まっていく。

  • 何を書きたいのか
  • このブログで何をしたいのか
  • 今日はここまででいいか

決めてから書くのではなく、
書きながら決める

それで十分だと思っている。